仙光院

湘南七福

湘南における七福神のお参りについてご紹介いたします。

湘南七福神巡りとは、逗子葉山の七つのお寺をまわり、七福神をお参りすることで七福にあやかるお巡りです。昭和48年に開設され、現在まで元旦から一月十日まで御開扉されます。お巡りには、特別な色紙に御朱印を頂くことや、福笹にお顔と呼ばれる七福神の土鈴を集めることもできます。

【以下の七つのお寺で祀られております。】

・葉山恵比寿【商売繁昌】一色 玉蔵院

・福徳大黒天【財・福】桜山 宗泰寺

・長柄毘沙門天【力】長柄 仙光院

・厨子弁財天【智識・学芸】逗子 延命寺

・宝仙福禄寿尊【長寿安泰】池子 東昌寺

・福壽延命寿老人【不老長寿】沼間 光照寺

・円満布袋尊【円満】長柄 長運寺

長柄毘沙門天

仙光院では毘沙門天さまをお祀りしております。 湘南七福神の御開扉期間は、毘沙門天さまより五色の糸を伸ばし、本堂を飾る天蓋となり、境内の角塔婆に紅白の綱として結ばれます。 角塔婆に触れることは、即ち毘沙門天さまに触れることとなります。是非ご縁をお結びください。

庶民が求めた福の神

七福神信仰は室町時代の末頃に京都に始まったと言われています。この時代は応仁の乱(1467~77年)などで武士も庶民も疲弊した戦乱の時代でした。従来の神様や仏様は国の安泰や豊穣を祈る対象でしたが、庶民の間に商業が広がり始めたこの頃からは個人的に福の神に願いを託すという信仰が生まれ、江戸時代に入ると寺社をめぐる「七福神めぐり」となって全国的に流行しました。娯楽の少なかった時代にご利益と娯楽を兼ねた七福神めぐりは庶民に広く受け入れられ、今日に引き継がれています。現代では出生の異なる神々がひとつの宝船に仲良く同舟する絵柄に世界の未来を重ねる新たな見方もあります。

・毘沙門天(長柄 仙光院)
大和国信貴山より勧請したもので、四天王の一人で北方の守護神。楠木正成や上杉謙信から信仰されていました。本尊は十一面観世音で脇仏に不動明王、毘沙門天が、境内には「ぽっくり観音」「ぼけ除観音」の仏像が祀られています。

・布袋尊(長柄 長運寺)
布袋さまは中国の実在した宗時代の禅僧です。腹が大きく張り出したのが特徴で、広い心を表し、困っている者には惜しみなく分かち与えたので、人々は布袋和尚と呼びました。常に法を説き、会う人には慈しみの心で接し、弥勒菩薩の生まれかわりと尊信しました。

・戎(恵比寿)神(一色 玉蔵院)
寺は1250年以上の歴史をもつ葉山町最古の古刹です。七福神中ただ一人の日本の神様といわれ、「エベッサン」と呼ばれ親しまれています。狩衣、指貫に風折烏帽子をかぶり、左わきに鯛を抱え、右手に竿を持っています。海民とのつながりが深く、豊漁・商売繁盛の神として信仰されています。

・弁財天(逗子大師 延命寺)
古来より、音楽、弁才、財福、知恵の霊徳あらたかな神様として尊崇されています。鎌倉時代以降は、十五童子(あるいは十六童子)を随えた姿の福徳神として信仰されています。この寺の弁財天は、高野山より勧請したもので、十六童子が揃って安置されています。

・寿老人(沼間 光照寺)
長い白ひげをもった寿老人は中国の宗の時代に現れた仙人で、南極星の化身だと称せられ、本来の姿は常に鹿を連れています。鹿はお産が軽く、親子の愛情や夫婦間の貞操観念が強い動物といわれ、安産や親子夫婦円満の象徴とされています。

・福禄寿(池子 東昌寺)
頭が長く、豊かな白髪を蓄えた老人の姿をしています。道教の理想とされる福(幸運と子孫に恵まれること)・禄(長生きすること)・寿(長生きすること)をあらわしているといわれています。

・大黒天(桜山 宗泰寺)
インドではヒンズー教のシバ神の化身でした。仏教では戦闘神・厨房神とされ、室町時代には田の神となり、江戸時代になると小槌を手に米俵に乗る姿となって、「土から宝を打ち出す」という意味で豊作や財福の神として信仰されています。

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